自己責任論者なんて藁人形だと思っていたら、日本人の約8割がそうらしい

読売新聞がこんな世論調査の結果を出した。

危険地域のテロ被害「責任は本人にある」83%

詳しいことは記事を読んでいただくとして、以前自己責任論者を引き合いに出しても何も始まらないという投稿の中で、そもそも自己責任論者なんていないんじゃない?それってもしかして、ヤフコメ、ブコメ、ツイッター民、にちゃんねらーを指して言っているの?と指摘した私としては、新聞社の世論調査で8割以上の人が自己責任論を唱えているというデータに驚いてしまった。

もちろん、調査の方法や訊き方に問題がある可能性もあるので、これをそのまま鵜呑みには出来ないわけだが、それにしても多いなというのが素朴な感想だ。

自己責任なんて滅多に成立しない

8割の人がこの問題を自己責任にしたがる気持ちは分からないでもないが、実際のところ自分の行為に対してすべて自分で責任を取るというのは滅多に出来ることではない。

例え一部のメディアがいうように、後藤さんが渡航前に「何があっても自己責任」と自ら語っていたとしても、今回の件を発端にして多くの人の心が揺さぶられ、国が動いたのは紛れもない事実であり、人が何かを為す限り、どこかに影響を与えるというのは避けられないことなのだ。

逆説的だが、自己責任論者はそれを理解しているのだろう。危険を承知で中東に渡航し、過激派組織に捕まってしまってさあどうする?という文脈の中で、否が応でも国が動かされ、連日のように報道を見聞きし、自分の心が揺さぶられることを知っている。だからこそ、彼らは自己責任論を叫び、「国は一切関与せず、報道も一切せず、自分も事件の存在に気づかない」ような状態を望むのだろう。

だが、自己責任論者が望むような、海外で邦人が捕まっても「国は一切関与せず、報道も一切せず、自分も事件の存在に全く気づかない」ような状態は普通に生活していたらあり得ない。単なる旅行でさえ、邦人が行方不明になれば報道は起きるし、海外の飛行機が墜落したら「日本人はいたのか?」に関心が集まる。にも拘らず、過激派組織による邦人拘束テロという、数年に一回も起こらないような稀な事象に対して、あえて関心を持たずに無視を決め込むのは不可能に近い。たぶん、山に籠って仙人のような自給自足生活をして、一切の情報を遮断しない限り、「知ってしまう」ことからは逃れられない。そう、我々が社会で生きる限りは、海外でテロ被害にあった邦人について心理的に関与せざる得ないのだ。

知った後にどうするか?

問題なのは、事件の存在を知った後にどうするかだ。「それは、自己責任だよね」という発言は、その発言自体が当該の事件が社会に影響を及ぼし、自己責任の範疇を超えてしまっているという事実を構成する要素に過ぎない。完全なる自己責任で収束する現象がこの世にあるならば、それは「自己責任かどうか」という考察の俎上にさえ上らずにどこかでひっそりしているだけだ。

先日のブログに書いたが、本当にまずやるべきことは、基本的なイスラムに関する事実や、こういったテロ行為を分析するために国政政治学が提供している理論を学ぶことだ。具体論を学ぶのは面倒かもしれないが、いつまでも「自己責任か、どうか」という地点で足踏みし続けているよりは、少しでも詳しい専門家の意見に耳を傾けたほうが良い。

直接的な交渉だとか、具体的な行為は職業政治家や官僚にしか出来ない。否応なしに社会の一員として問題に関わらざる得ない人間として出来る最大限のことは、取りあえず、具体的に事実を学んでいくことの他にないと私は考えている。

 

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