雪穂→僕光の空白を埋める「リアル」

映画終盤、雪穂がミューズ最後のライブについて新入生に語る。

AA、SUNNY DAY SONGを歌うまでの下りの充実に対して、ラストライブに至る描写は驚くほどあっさりとしている。

唐突に始まり、ダンスが終わり、エンドロールが流れる。待って、まだ終わらないで、また姿を見せてと願っても現れない。

館内が明るくなり、ざわざわと足音が聞こえてきて、終わりを感じ始める。

だけどまだどこかで、「告知」あるでしょと思ってしまって、椅子から立ち上がれない。

何でもよいからまだ続くという根拠が欲しい。それを探して、考えていると余韻は家に帰るまで、そして寝る前までずっと付いてきて、なかなか離れてくれない。

朝目覚めてからは、続く根拠が欲しくて、2ちゃんのスレとかブログとかを読んで、終らない理由を探す日々が始まる。

また映画館に行って、自宅のショボイモニターじゃ楽しめない大画面と音響からの映像に浸り、まだ続くと信じ、何かを見つけようとする。

ユニット編アニメ化だの、今度は現実が2次元に影響を及ぼすターン、だから願えばミューズはまだ続くだのなんだの。

そして発表されたラストワンマンライブのお知らせ。「ワンマン」に執着して、またしても続く根拠探しに必死になって、安心しようとする。

各種メディアの「解散」報道を読むたびに、いや、「おしまい」だからと苛立つ。だけどウィキペディアで東京ドーム公演の解散ライブ率の高さを知って、悶々とする。所詮オブラート。

きっとドーム公演までが、映画の一部なのだ。土曜のラストライブの発表から、ライブ当日までの数ヵ月間が、雪穂から僕光に至るまでを構成する映画の一部なのだ。なので、映画はまだ未完で、この数ヶ月間におけるミューズとの関わり方が、各々の雪穂→僕光の間を埋めるストーリーになるのだろう。

さて、私はどう過ごそうか。

 

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